« 2005年08月 | メイン | 2005年10月 »
2005年09月24日
美命の月読み日記18
9月24日(土)
9月9日のこと
●9月9日「重陽の節句」。「陰陽五行の考え方に、陽の数字(奇数)が重なる日はおめでたいとされ、奇数の重なる日を「節句」として祝う習慣がありました。3月3日の「桃の節句」、5月5日の「端午の節句」などもそれ。9月9日は「重陽の節句」、別名「菊の節句」といわれ、不老長寿を願う日とされています。長寿若返りの薬と信じられていた「菊」の花の香りで邪気を祓いながら、菊を浮かべた「菊酒」を飲み、長寿・若返り・開運を祈願するというもの。中国から伝わり、平安時代にはけっこうメジャーなイベントだったのですが、いつのころからかマイナーになってしまい……。そこで、この習慣を現代のライフスタイルに置き換えるなら、9月9日は、年齢を重ねても若く美しくあり続けたいと願う「オトナの女」にふさわしい、「アンチエイジング」を願う日!と言えるのでは、と考え、9月9日をオトナの女を応援する「アンチエイジングの日」としてもっとメジャーにしよう! という思惑から、女性限定のイベントを開催しました。
場所は、元料亭を改装してつくられた創作和食の店、ワノフクラブ。料理はもちろん菊を使ったこの日のために用意してくださった特別料理。利き酒師の彩ちゃん(http://blog.goo.ne.jp/sake-beauty)
が日本全国の蔵元から調達してくれたおいしいお酒。そのお酒を入れるのは、この日のために美命がつくった菊や月、秋草を描いたぐい呑みや酒器。とてもおいしく、美しく、五感は大満足。イベントって、準備は大変だし、果たして人が集まるのか、という心配はずっとつきまとうし、失敗したら次はないし、であらゆる面でリスキーなものですが、この日は大成功! やってよかった。楽しかった。
美命の月読み日記17
9月24日(土)
もう9月も終わりなんだ・・・・
1ヶ月以上も更新していなかったこと、お許しください。この間、いろいろありました。どうしても書き残しておきたいことがひとつ。
8月14日、義父が仏様になりました。肺がんが発見され、半年間の闘病生活の後のことでした。でも、半年間という時間は、私たち親族にとっては、心の準微をし、お別れをするにはちょうどいい時間だった気がします。というか、これ以上家族に迷惑かけたくないと、義父は自分で逝く日を決めていた気がしてなりません。そう思わせるほど、最期の最期まで、闘病中でさえ、義父には威厳があったのです。
今の時代には珍しいほと、威厳のある義父でした。
義父を「おとうさん」と呼んでいた期間は8年。自然体で人とコミュニケーションをとることが私の唯一の得意技。でも、その技も義父の前ではどこかぎこちなく……。
義父が孫を望んでいたことは知っていましたから、私はずっとどこかで、「仕事を優先させている私は義父の理想の嫁ではない」と思っていました。だから、仕事のことや会社のことを、義父の前ではあはあまり話さないようにしようと、一人勝手に思い込んでいたのです。
私が最後に義父に会ったのは6月。きっとあと数年は生きられる、と希望が持てるほど義父は元気でした。でも、痛みは相当なものだったらしいと後に聞き、そんなそぶりなど、少なくとも私には出さず、私に、見舞いに訪れる友人に、病院の先生や看護婦さんにまで、義父はいつも気を使っていました。
病院で、電話口で、酸素マスクをして息苦しい呼吸の中で、いつも義父が口にしていたのは、「ごめんね。ありがとうね」でした。
死に様は生き様。私は闘病中の義父から、とても大事なことを教えられました。
「人のために生きた立派な親父でした」……義父を見送る日、参列者の前でオットが語った言葉。その言葉に、義父のすべてが表わされていると思いました。
お通やの夜、最後の見送りの日……私たちはおおいに義父のことを語りました。誰もが義父を尊敬し、誰もがもっといろんなことを話し、もっといろんなことを教えてもらいたかったと後悔していました。私だって本当は、もっと仕事のこと話したかった、会社のこと、経営のこと相談したかった……今ならできたのに……。孫はまだつくれてないけど、嫁もけっこうがんばってるんだよって、今なら言えたのに……。私の中にも、苦い後悔があふれてきました。
最近、私は心の中で、義父によく話しかけてます。私の心の声は義父に聞こえていると、なぜか確信しているのです。